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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)8号 判決 1980年8月28日

東京都杉並区永福一丁目四番一一号

原告

田園都市開発株式会社

右代表者代表取締役

塚本三千一

右訴訟代理人弁護士

稲葉隆

東京都杉並区成田東四丁目一五番八号

被告

杉並税務署長

今井伝

右指定代理人

藤村啓

小山紀久朗

杉山一

大谷勉

主文

被告が原告の昭和三五年九月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年八月一七日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち所得金額を二六三万七八一六円として算出される額を超える部分を取り消す。

被告が原告の昭和三六年七月一日から昭和三七年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年八月一七日付でした重加算税賦課決定のうち重加算税対象所得金額を五〇〇万円として算出される額を超える部分を取り消す。

被告が原告の昭和三七年七月一日から昭和三八年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年九月三〇日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち所得金額を六七六五万七〇五七円として算出される額を超える部分並びに重加算税賦課決定のうち重加算税対象所得金額を三四三六万八五六〇円として算出される額を超える部分を取り消す。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

被告が原告の昭和三五年九月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年八月一七日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

被告が原告の昭和三六年七月一日から昭和三七年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年八月一七日付でした再更正処分のうち所得金額を一九五三万三二六七円として算出される額を超える部分及び重加算賦課決定を取り消す。

被告が原告の昭和三七年七月一日から昭和三八年六月三〇日までの事業年度の法人税につき昭和三九年九月三〇日付でした更正処分、過少申告加算税賦課決定及び重加算税賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一1  原告は、宅地の造成販売等を目的とする会社であるが、その昭和三五年九月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和三六年期」という。)の法人税につき、別表一の確定申告記載のとおり確定申告をしたところ、被告から同表更正の項記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定(以下これらを「昭和三六年期の課税処分」という。)を受けた。

2  原告は、その昭和三六年七月一日から昭和三七年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和三七年期」という。)の法人税につき、別表二の確定申告の項記載のとおり確定申告をしたところ、被告から同表更正の項記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定を受け、更に同表再更正の項記載のとおり再更正処分及び重加算税賦課決定(以下これらを「昭和三七年期の課税処分」という。)を受けた。

3  原告は、その昭和三七年七月一日から昭和三八年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和三八年期」という。)の法人税につき、別表三の確定申告の項記載のとおり確定申告をしたところ、被告から同表更正の項記載のとおり更正処分、過少申告加算税賦課決定及び重加算税賦課決定(以下これらを「昭和三八年期の課税処分」という。)を受けた。

4  原告は、右各課税処分に対し別表一ないし三の審査請求の項記載のとおり審査請求をしたが、昭和四四年一〇月九日付で棄却の裁決を受け、同月一九日同裁決書の送達を受けた。

二  しかしながら、原告の所得金額は、昭和三六年期及び昭和三八年期については、いずれも確定申告額のとおりであり、また、昭和三七年期については当初更正額たる一九五三万三二六七円であるから、昭和三六ないし昭和三八年期の各課税処分(以下一括して「本件各課税処分」という。)には所得金額を過大に認定した違法がある。

三  よって、右確定申告額又は当初更正額を超える限度で本件各課税処分の取消しを求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一のうち、昭和三六年期の終了日が昭和三六年六月三〇日であることは否認するが、その余の事実は認める。昭和三六年期の終了日は昭和三六年六月二〇日である。

二  同二の主張は争う。

第四被告の主張

一  昭和三六年期

1  原告の正当な所得金額は、申告額二一二万三八一六円に役員賞与損金算入否認一八万四〇〇〇円及び次表の仕入金額否認三四万四〇〇〇円を加算した二六五万一八一六円であるから、これと同額の昭和三六年期の課税処分は適法である。

<省略>

2  右のうち、原告の争う土方小左衛門からの仕入金額否認の根拠は次のとおりである。

原告は、訴外土方小左衛門からの土地仕入金額として昭和三五年一二月二六日及び昭和三六年三月三一日にそれぞれ一万四〇〇〇円を計上していたが、かかる仕入の事実はない。ところで、原告は、右計上に係る仕入金額のうち、一方の一万四〇〇〇円についてのみ昭和三六年六月三〇日付で帳簿から取り消す旨の会計処理をしたので、残余の一万四〇〇〇円について損金算入を否認したものである。

仮に、真実、土方小左衛門からの土地仕入金額一万四〇〇〇円があったとしても、これは右のとおり重複して計上されており、これが解消されたのは昭和三六年期(昭和三六年六月二〇日終了)の後である昭和三六年六月三〇日であるから、右重複計上に係る一万四〇〇〇円については、やはり損金算入を否認すべきである。

二  昭和三七年期

1  原告の正当な所得金額は、原告の主張する一九五三万三二六七円(当初更正額)に造成費否認五〇〇万円、仕入金額否認七二一万六〇〇〇円及び認定利息一万四七六七円を加算し、事業税認定損六万三三六〇円を減算した三一七〇万〇六七四円であるから、これと同額の昭和三七年期の課税処分は適法である(重加算税賦課決定の根拠は後記3のとおりである。)。

2  右の各加算及び減算項目の認定根拠は次のとおりである。

(一) 造成費否認 五〇〇万円

原告は、訴外横手義雄に対する昭和三六年一一月二四日分の土地造成費として五〇〇万円を計上していたが、これは架空経費であるから否認したものである。

(二) 仕入金額否認 七二一万六〇〇〇円

原告は、昭和三七年五月二六日訴外籏野福寿から日野市平山所在の畑六五五坪(以下「第一の土地」という。)を七二一万六〇〇〇円で仕入れたとして右七二一万六〇〇〇円を買掛金勘定に計上したが、右売買契約は原告側の契約不履行により解除されるに至り、現に第一の土地は右籏野において占有、耕作していたので、被告は、実質上仕入れがなかったものと認定し、右仕入れを否認したものである。

仮に、第一の土地に係る仕入れがあり、この点に関する被告の認定が誤りであったとするならば、右土地を期末たな卸資産に計上すべきものであるところ、原告の確定申告書添付の附属明細書の資産の部商品たな卸欄には種類土地、金額二〇万九一四三円、備考平山と記載されているにとどまり、第一の土地の仕入分七二一万六〇〇〇円は計上されていないから、右七二一万六〇〇〇円はたな卸計上もれとして加算すべきこととなり、当期の所得金額には変動を生じない。

(三) 認定利息 一万四七六七円

原告は、昭和三七年六月二五日梅洞寺関係の土地仕入代金の残金支払いとして九八一万八〇五〇円の支払記帳をしているが、そのうち九〇〇万円は、原告の第四回増資払込金に充てたものであったので、被告は、原告提出の上申書に基づき右九〇〇万円を原告の代表取締役塚本三千一(以下「塚本」という。)に対する貸付金と認め、その貸付利率を年一割として、次の算式のとおり一万四七六七円の利息を認定した。

<省略>

(日数は昭和37年6月25日から同月30日までの6日間)

右利率を年一割と認定した理由は次のとおりである。すなわち、市中の信用金庫等が中小企業を対象として融資をする場合の貸付金の利率は、昭和三七年当時の金融事情にあっては、おおむね年八分ないし一割が一般的であるが、これは、定期積金、不動産等確実な担保の提供が前提となっている場合であって、担保に提供した資産の流動性又は移転性が凍結されることに伴う犠牲を考慮すれば、担保を徴しない貸付にあっては、年利率一割を下らないことは当然の慣行となっていた。しかも、原告の取引金融機関である松沢信用金庫本店からの借入金の利率は、日歩三銭三厘(年利一二・〇四五パーセント)ないし三銭五厘(年利一二・七七五パーセント)であった。これらのことを考えるならば、本件における貸付金の利率を年一割と認定したことは相当である。この点は、昭和三八年期についてもいえることである。

(四) 事業税認定損 六万三三六〇円

昭和三六年期の更正処分による増差所得金額に対応する未納事業税六万三三六〇円を当期の損金として認容した。

3  重加算税賦課決定の根拠

原告は、前記2で述べた造成費否認五〇〇万円及び仕入金額否認七二一万六〇〇〇円について法人税の課税標準又は税額の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装し、その隠ぺい仮装したところに基づき納税申告書を提出したものであるから、被告は、前記のとおり重加算税賦課決定をしたものである。

三  昭和三八年期

1  原告の正当な所得金額は、申告額一一八五万六二七四円に次表の各項目を加算減算した七二四五万三〇一八円であるから、この範囲内で行われた昭和三八年期の課税処分は適法である(重加算税賦課決定の根拠は後記3のとおりである。)。

<省略>

2  右のうち、原告の争う仕入金額否認、たな卸計上もれ、造成費等否認、売上金額計上もれ、前払費用計上もれ、認定利息、借入金否認、たな卸過大計上及び事業税認定損の認定根拠は次のとおりである。

(一) 仕入金額否認 一〇四五万六八〇〇円

原告は、次表のとおり合計一〇四五万六八〇〇円を仕入金額として計上したが、これらはすべて架空仕入であるので、被告は、これを否認した。

<省略>

(二) たな卸計上もれ 四三六万〇二一五円

原告は、南多摩郡日野町平山地区の土地(以下「第二の土地」という。)に係る期末たな卸高を八一九坪三四九万六三四〇円と申告したが、これは二三八六・八坪、七八五万六五五五円が正確であるので、その差額一五六七・八坪、四三六万〇二一五円をたな卸計上もれとした。

(三) 造成費等否認 二五八七万九三〇〇円

原告は、当期末の昭和三八年六月三〇日次の(1)ないし(4)のとおり合計二五八七万九三〇〇円の造成費及び人夫賃を振替もれ分として一括計上したが、これらはすべて架空のものであるので、被告は、これを否認した。

もっとも、次の(1)のうち昭和三七年一〇月一五日の李憲道に対する造成費一〇〇万円、同日の崔奉性に対する造成費二九〇万円及び(4)のうち同日の人夫賃三一万五九〇〇円、合計四二一万五九〇〇円は、原告が訴外日南株式会社(以下「日南」という。)から簿外で仕入れた南多摩郡連光寺諏訪越の土地(以下「第四の土地」という。)の代金の支払いに充てられているが、右土地は当期末までに販売されていなかったにもかかわらず期末たな卸に計上されていないので、同額を期末たな卸計上もれとして加算すべきことになり、結局、前記否認による所得金額には影響が生じない。

(1) 李憲道又は崔奉性に対する造成費 七八〇万円

<省略>

(2) 清水組(中島邦郎)に対する造成費 六九二万九四〇〇円

<省略>

(3) 篠塚芳治に対する造成費 一四七万二九七〇円

<省略>

(4) 人夫賃 九六七万六九三〇円

<省略>

(四) 売上金額計上もれ 二六四八万二七〇一円

原告は、次表記載の造成宅地の売上をすべて翌事業年度に繰延べ処理しているが、これらは、いずれも当期に売買契約が締結されたものであるから、右売上金額合計額二六四八万二七〇一円は当期の益金に算入すべきである。

<省略>

(右表の現場欄に北野とあるのは、たな卸高の計算上は打越となっている。)。

(五) 前払費用計上もれ 一六七四万三二八二円

(1) 原告は、次表の申告額欄に記載したとおり当期末において造成中の分譲土地に係る前払費用合計九二九万九八七五円を計上したが、正当な前払費用額は、同表調査額欄記載のとおり二六〇四万三一五七円であるから、右九二九万九八七五円との差額一六七四万三二八二円が前払費用計上もれとなっており、その分当期の経費が過大に計算され、したがってその分所得金額が過少に計算されていることになるので、右一六七四万三二八二円を所得金額に加算すべきである。

<省略>

(△は減額を示す。)

以下、右正当な前払費用額の計算根拠について説明する

(2) 直接費(土地造成費)中の前払費用 六二五万八五〇三円

原告は、次表原告計上土地造成費欄記載のとおり各現場別に土地造成費を計上していたが、当該土地造成費を対象として、期末に右金額のうち各現場別の造成中の分(期末未処分地)に対応する金額を前払費用に振り替えた。すなわち、原告は、同表造成割合欄記載のとおり各現場別にその造成割合を求め、これを右各現場別の土地造成費に乗じて、前記申告額の前払費用合計九二九万九八七五円を算出したものである。しかし、原告計上の土地造成費には、同表否認額欄記載のとおり合計一六二〇万二三七〇円の架空造成費(これに関する原告経理の詳細は、前記(三)造成費等否認の(1)ないし(3)で述べたとおりである。)が含まれていたので、各現場別に原告計上土地造成費から右架空計上分に相当するものを控除して、同表差引支払総額欄記載のとおりの額を求め、これに右造成割合を乗じて、同表前払費用欄記載のとおり前払費用合計六二五万八五〇三円を算出したものである。

<省略>

(3) 一般管理費中の前払費用 一九七八万四六五四円

原告の右各現場の土地造成に要した費用としては、原告が土地造成費として計上した前記金額のみならず、土地造成に従事した従業員に対する賃金、土地造成に要した消耗品費及び油脂消耗品並びに土木機械(ブルドーザー)等の修繕費及び減価償却費があるところ、原告は、これらの費用を一般管理費に計上し、分譲土地に係る売上原価又は期末に造成中のものに対応する前払費用に計上していない。しかし、これらの費用もまた、土地造成に要した費用であるから、このうち、期末に造成中の分に対応する金額は、前記土地造成費に計上したものと同様に前払費用に計上すべきものである。本件の場合、原告は、損益計算書に次表原告計上額欄記載のとおり一般管理費を計上していたが、賃金については、前記(三)造成費等否認の(4)で述べたとおり九六七万六九三〇円は架空であるのでこれを控除し、これらのうち、土地造成に要した費用は、同表土地造成分欄記載のとおり五九二三万五四九四であると認められた。

<省略>

そこで、右五九二三万五四九四円に前記直接費中の前払費用額六二五万八五〇三円の土地造成費支払総額一八六八万四五〇二円に対する割合〇・三三四を乗じて、一般管理費中の前払費用相当額一九七八万四六五四円を算定した。なお、右一般管理費のうち、賃金については、各現場別の直接費とすべきもの及びそれ以外の間接費とすべきものの両者が含まれているが、原告の帳簿書類によっては、必ずしも右の区分が明らかでなかったので、右賃金についても他の間接費と合わせて造成中の分に対応する金額を算定したものである。

ちなみに、右に述べた一般管理中の前払費用相当額一九七八万四六五四円を前記直接費中の前払費用における各現場別の割合と同様の割合で各現場毎に配分すれば、次表のとおりとなる。

<省略>

(4) 右の次第で、原告の当期における造成中の土地に係る前払費用額は、前記(2)の六二五万八五〇三円と同(3)の一九七八万四六五四円とを合算した二六〇四万三一五七円となる。

(六) 認定利息 一一五万五四一一円

(1) 梅洞寺関係 九〇万円

前記二2(三)で述べたとおり、原告には塚本に対する貸付金九〇〇万円があったから、その貸付利率を年一割として(貸付利率を年一割とすべき根拠は、昭和三七年期と同様である。)、次の算式のとおり九〇万円の利息を認定した。

<省略>

(2) 籏野正一関係 二万六四六九円

前記(一)で述べた仕入金額否認一〇四五万六八〇〇円のうち七四三万一八〇〇円は、塚本に交付したものであったので、被告は、原告提出の上申書に基づき右七四三万一八〇〇円を同人に対する昭和三八年六月一八日の貸付金と認め、その貸付利率を年一割として(貸付利率を年一割とすべき根拠は、昭和三七年期と同様である。)、次の算式のとおり二万六四六九円の利息を認定した。

<省略>

(日数は昭和38年6月18日から同月30日までの13日間)

(3) 日本住宅関係 二二万八九四二円

前記(三)で述べた造成費等否認二五八七万九三〇〇円のうち次表記載の七一〇万円は、訴外日本住宅株式会社(以下「日本住宅」という。)の簿外土地仕入代金に充てられていたので、右七一〇万円を同会社に対する貸付金と認めた。

<省略>

そして、その貸付利率を日歩二銭三厘として、次の算式のとおり二二万八九四二円の利息を認定したものである。

(ア) <省略>

(日数は昭和37年12月4日から昭和38年6月30日までの209日間)

(イ) <省略>

(日数は昭和37年12月5日から昭和38年6月30日までの208日間)

(ウ) <省略>

(日数は昭和38年5月27日から同年6月30日までの35日間)

(エ) 合計(ア)+(イ)+(ウ)=228,942円

なお、右貸付利率日歩二銭三厘は、本来、昭和三七年期について述べたとおり年一割とすべきものであったところ、これを誤ってより低率の利率を適用したものである。

(七) 借入金否認 四六〇万円

原告は、次表記載のとおり合計四六〇万円を借入金として計上していたが、これは、いずれも架空の借入れであった。

<省略>

したがって、右四六〇万円は、すべて原告が受領した簿外の売上等による収益に係る金員を第三者から借り入れたものと仮装して計上したものと認められたので、右借入金否認に係る四六〇万円を当期の益金に算入した。

(八) たな卸過大計上 一三九二万三五三三円

前記(四)の売上金額計上もれを認定したことに伴い、その売上原価相当額一三九二万三五三三円をたな卸過大計上として控除することとした。その算出根拠は、次の(A)表記載の土地代六四三万九八五二円に次の(B)表記載の前払費用七四八万三六一円を加算して一三九二万三五三三円を算定したものである。

(A)表 (土地代)

<省略>

(注) 単価は、原告がたな卸表に計上した評価額である。

(B)表 (前払費用分)

<省略>

(注) 単価は、前記(五)の(1)に記載した各現場の前払費用の調査額を期末現在の造成坪数(原告計算による打越一六三一坪、桜ケ丘一〇二九坪、向田八三九坪)で除して算出した。

(九) 事業税認定損 二三一万七八〇〇円

昭和三七年期の更正処分及び再更正処分による増差所得金額に対応する未納事業税二三一万七八〇〇円を当期の損金として認容した。

3  重加算税賦課決定の根拠

原告は、前記2で述べた仕入金額否認一〇四五万六八〇〇円、造成費等否認二五八七万九三〇〇円のうち一一三一万五九〇〇円、売上金額計上もれ二六四八万二七〇一円及び借入金否認四六〇万円について法人税の課税標準又は税額の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装し、その隠ぺい仮装したところに基づいて納税申告費を提出したものであるから、被告は、右合計五二八五万五四〇一円からたな卸過大計上一二四三万一九九四円を減算した四〇四二万三四〇七円を重加算税対象所得金額として前記のとおり重加算税賦課決定をしたものである。

第五被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  昭和三六年期について

1  被告主張の加算項目のうち、土方小左衛門からの仕入金額一万四〇〇〇円については争うが、その余は全部認める。

2  土方小左衛門からの仕入金額について

(一) 原告が被告主張のとおり土方小左衛門からの土地仕入代金を重複して計上し、その一方につき昭和三六年六月三〇日付で取り消す旨の会計処理をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 塚本は、昭和三四年一〇月一八日塚本個人が土方小左衛門から南多摩郡多摩村連光寺の土地を六一万六〇〇〇円で買い受ける旨の契約を締結し、内金五万円を支払ったが、昭和三五年一一月一八日これを原告と土方小左衛門との契約に切り替えた。その際、原告は、塚本と土方との右売買契約締結の日から一年以上経過していたことを考慮して、土方に対して右売買代金六一万六〇〇〇円のほかに増金として一万四〇〇〇円を支払うこととし、同年一二月二六日に右支払済みの五万円を除く残金五八万円を支払ったのであり、土方からの仕入金額一万四〇〇〇円は架空のものではない。

ところで、原告は、右一万四〇〇〇円につき被告主張のとおり二重に計上していたが、当期の末日である昭和三六年六月三〇日に同年三月三一日計上分の一万四〇〇〇円を帳簿から取り消す旨の会計処理をしたので、昭和三五年一二月二六日計上分の一万四〇〇〇円は損金として認めるべきである。仮に、当期の末日が昭和三六年六月二〇日であったとすれば、同月三〇日付で帳簿から取り消した一万四〇〇〇円をたな卸過大計上として昭和三七年期の損金に算入すべきである。

二  昭和三七年期について

1  被告主張の加算及び減算項目は全部争う。

2  造成費否認について

(一) 原告が被告主張のとおり横手義雄に対する土地造成費として五〇〇万円を計上したが、これが右横手に対する土地造成費でないことは認める。

(二) しかし、右五〇〇万円は、次のとおり、土地の仕入代金として現実に支出されているから、当期の損金に算入すべきである。すなわち、原告は、訴外藤村幸次郎外五名から八王子市打越町一三〇〇番の一外二一筆の山林(合計一万〇〇五四坪)(以下「第三の土地」という。)を総額四二〇二万八七五九円で買い入れたが、売主らの要望により契約書上の代金は二二一一万八八〇〇円とすることとしたので、原告の会計帳簿には右二二一一万八八〇〇円を仕入代金として計上するとともに真実の代金額との差額一九九〇万九九五九円は塚本が立替払いをした。原告は、塚本に右立替金のうち右一五四五万六八〇〇円を返済したが、そのうち昭和三六年一一月二四日に返済した五〇〇万円については、これを前記藤村らからの土地買受代金として会計処理することができなかったため、横手義雄に対する土地造成費として計上したものである(なお、残余の一〇四五万六八〇〇円に関する会計処理については、後記三2の昭和三八年期の仕入金額否認に対する原告の反論のとおりである。)。

3  仕入金額否認について

(一) 原告が昭和三七年五月二六日籏野福寿から第一の土地を七二一万六〇〇〇円で買い受け、右金額を買掛金勘定に計上したこと、野が昭和三九年当時第一の土地を耕作していたこと及び原告の確定申告書添付の附属明細書の資産の部商品たな卸欄に平山分として被告主張のとおりの記載があることは認めるが、その余は争う。

(二) 第一の土地に関する籏野との売買契約が解除されたことはない。同人が課税処分のあった昭和三九年当時右土地を耕作していたのは、右土地が農地であるにもかかわらず同人の非協力で農地法第五条に定める都知事の転用許可手続をとることができなかったからにすぎない。

(三) また、第一の土地は、いわゆる平山造成地(宅地)とは場所的にも離れているので、商品たな卸に当たり被告の指摘する平山分としては計上していないが、「打越七四三五万三九五〇円」の中に含めて計上しているから、右土地に関してたな卸計上もれはない。

4  認定利息について

(一) 原告の塚本に対する貸付金九〇〇万円があったことは認めるが、その余は争う。

(二) 塚本は、阿部増雄等の名義を用いて原告に対し昭和三七年一〇月一五日に一二六〇万円、同年一一月二一日に一〇〇万円、同月三〇日に一〇〇〇万円を貸し付けたが、これらはすべて無利息で貸し付けたものであるから、本件についても利息は発生しないものと認定すべきである。仮に、右主張が認められないとしても、一割の利率は高きに失し、商事法定利率たる年六分とみるべきである。

5  事業税認定損について

昭和三六年期の更正処分は誤りであるから、事業税認定損を計上する必要はない。

6  重加算税賦課決定について

被告の主張は争う。

三  昭和三八年期について

1  被告主張の加算及び減算項目のうち、役員賞与損金算入否認二三万五〇〇〇円(加算の部1)、前期たな卸もれ二六五万七二〇七円(減算の部9)、前期たな卸造成費もれ三八二万三一七六円(同10)、未払税金認定損一四三万二九七〇円(同12)、未払修繕費認定損四七万〇七九七円(同13)及び売上金額控除額四六九万〇四八二円(同15)については認めるが、その余は争う。

2  仕入金額否認について

(一) 原告が被告主張のとおり籏野正一外四名からの仕入金額として合計一〇四五万六八〇〇円を計上したが、これが右籏野外四名の者からの仕入れでないことは認める。

(二) しかし、右一〇四五万六八〇〇円は、前記二2の昭和三七年期における造成費否認について述べたとおり、原告が藤村幸次郎外五名から購入した第三の土地に関する売買代金の一部を塚本が立替払いをしたことに伴い、その後、原告が塚本に右立替金のうち一五四五万六八〇〇円を返済したが、そのうち昭和三七年期に横手義雄に対する造成費として処理した五〇〇万円を除く一〇四五万六八〇〇円についても藤村らからの土地買受代金として会計処理できなかったため、これを被告主張のとおり当期における籏野らからの仕入金額として計上したものであり、その実質が土地仕入代金であることに変わりはないから、当期の損金に算入すべきである。

3  たな卸計上もれについて

(一) 原告が第二の土地に係る期末たな卸高を被告主張のとおりに申告したことは認めるが、その余は否認する。

(二) 原告と訴外京王帝都電鉄株式会社(以下「京王電鉄」という。)との間で第二の土地とこれに隣接する京王電鉄所有地との境界に関する争いがあり、京王電鉄は、原告が第二の土地の造成工事を行っていた昭和三七年六月一五日原告を債務者として右土地に係る立入禁止の仮処分を申請し、これが認可されたことによって、原告は、右土地の宅地造成工事を続行し得なくなり、また、造成工事によって一部山はだの露出した部分に擁壁を積む必要があったにもかかわらずこれも行い得なかった。このように、原告所有に係る第二の土地の範囲は、京王電鉄との境界争いにより確定していなかったため、いわゆる縄延び等があったとしてもその面積を正確に把握することはできなかったのであるし、また、周囲に擁壁を構築しなければ宅地として販売不能のものが大部分であったから、いまだ全部を期末たな卸に計上できる状態ではなかった。

4  造成費等否認について

(一) 原告が被告主張のとおり造成費及び人夫賃として合計二五八七万九三〇〇円を計上したこと、李憲道又は崔奉性に対する造成費七八〇万円及び人夫賃のうち昭和三七年一〇月一五日の三一万五九〇〇円が右李憲道らに支払われていないこと、並びに右造成費七八〇万円のうち昭和三七年一〇月一五日の李憲道に対する造成費一〇〇万円、同日の崔奉性に対する造成費二九〇万円及び人夫賃のうち同日の三一万五九〇〇円、合計四二一万五九〇〇円が日南に対する第四の土地の簿外仕入代金の支払いに充てられたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 右第四の土地は、その三〇パーセントが当期のうちに処分されているから、この三〇パーセント相当額についてはたな卸計上もれはない。

(三) 李憲道又は崔奉性に対する造成費七八〇万円のうち、第四の土地の裏代金の支払いに充てられた昭和三七年一〇月一五日分(合計三九〇万円)以外の残り三九〇万円については、塚本が原告設立前にその個人所有する二本松の土地を自己の負担で造成していたところ、原告が当期に同人から右土地を同人の仕入価格で買い受け、その際、同人が負担した造成費相当額として三九〇万円を同人に支払い、これを右売買代金と区別して李憲道らに対する造成費として計上したものであり、その実質は、売買代金に相当するものである。

(四) 清水組に対する造成費一四七万二九七〇円及び前記(一)で述べた昭和三七年一〇月一五日分の三一万五九〇〇円以外の人夫賃九三六万一〇三〇円については、いずれも架空のものではなく、実際に支払われたものである。

5  売上金額計上もれについて

(一) 被告主張のとおり原告が当期中に締結された土地売買契約に係る売上金額二六四八万二七〇一円を翌事業年度に繰り延べて処理したことは認める。

(二) しかし、原告は、当初、たな卸資産の販売による売上金額を当該売買契約成立の日の属する事業年度に計上していたが、売買契約が成立しても成立時に交付を受ける代金の内金が僅少の場合には簡単に契約を解消されることが多く、また、未造成地の売買については、造成工事が遅れたために解約されることも多かった。そこで、原告は、当期から、従前の取扱いを改め、契約が解消される危険性の少ない土地引渡しの日に売上金額に計上することにしたものである。そして、被告主張の岡田秀一外一五名に対する土地の売却については、その引渡し及び登記がいずれも翌事業年度に行われたので、原告は、当該売上金額を翌事業年度に計上したのである。なお、右変更後の原告の取扱いは、たな卸資産の販売による収益についてその引渡しがあった日に売上を計上すべきであるとする会計原則にかなうものであるのみならず、原告は、爾来引き続き右取扱いにより処理しているのであるから、継続性の原則にも反しない。

6  前払費用計上もれについて

(一) 原告が被告主張のとおり土地造成費に計上した金額の一部を期末に前払費用に振り替えたことは認めるが、その余は争う。

(二) 原告は、造成の完了していない土地を販売しているほどであって、土地造成費についてはもちろん、一般管理費についても前払費用の生ずる余地など全くなかった。原告が造成費勘定から被告主張の金額を前払費用に振り替えたのは、会計処理を誤ったものにすぎない。

7  認定利息について

(一) 梅洞寺関係の認定利息についての認否、反論は昭和三七年期と同様である。

(二) 籏野正一関係の認定利息は否認する。前記2のとおり被告主張の仕入金額否認は誤りであるから、そのうちの七四三万一八〇〇円を塚本に対する貸付金とみることも誤りである。仮に、右七四三万一八〇〇円が塚本に対する貸付金であるとするならば、昭和三七年期で述べたとおり、無利息とするか、そうでないとしてもその利率を年六分とすべきである。

(三) 日本住宅関係の認定利息は否認する。前記4のとおり被告主張の造成費等否認は誤りであるから、そのうちの七一〇万円が日本住宅に対する貸付金であるはずはない。仮に、右七一〇万円が日本住宅に対する貸付金であるとするならば、原告と日本住宅とは塚本の経営する同系列の会社(いわゆる兄弟会社)であって、相互に援助し合うという特別の関係にあったのであるから、無利息とするか、そうでないとしてもその利率を年六分とすべきである。

8  借入金否認について

(一) 原告が被告主張のとおり阿部増雄外五名からの借入金として合計四六〇万円を計上したが、これが右阿部外五名の者からの借入れでないことは認める。その余は争う。

(二) 右四六〇万円は、塚本から借り入れた金員の一部である。すなわち、塚本は、自己の経営する日本住宅から造成費名義で一〇〇〇万円を出し、これを原告に入金したが、その際、原告の帳簿上は、次表のとおり海老沢健蔵外一一名の名義を用いてこれらの者から借り入れたように経理をしたものである。そして、原告は、塚本から入金を受けた右一〇〇〇万円を松沢信用金庫に対する借入金の返済に充てたものである。

<省略>

被告は、右のうち番号2、4、5、6、9、11の合計四六〇万円についてのみ否認し、その余の五四〇万円については借入金であることを認めているが、右一〇〇〇万円は全体として一体をなすものであるから、かかる区別をすること自体からして不合理というべきである。

9  たな卸過大計上について

前記5記載のとおり被告主張の売上金額計上もれは誤りであるから、その売上原価相当額を当期の期末たな卸額から控除する必要はない。

10  事業税認定損について

昭和三七年期の再更正処分は誤りであるから、事業税認定損を計上する必要はない。

11  重加算税賦課決定について

被告の主張は争う。

第六被告の再反論

一  昭和三七年期

1  造成費否認について

原告が藤村外五名の者から簿外で第三の土地を仕入れたこと及び塚本が右売買代金のうち一九九〇万九九五九円につき立替払いをしたことは否認する。

仮に、第三の土地の簿外仕入があったとしても、原告は、前記横手に対する架空造成費とは別に五〇〇万円の架空経費及び一六〇〇万円の架空仕入金額を計上して右簿外仕入代金に充てたものである。

また、原告が第三の土地の簿外仕入代金として一九九〇万九九五九円を支払ったとしても、第三の土地は当期中に売却されていないから期末たな卸資産として計上すべきものであるところ、当期の期末たな卸高の中に右簿外土地仕入代金は計上されていない。したがって、右簿外土地仕入代金中塚本の立替分を原告が弁済したという五〇〇万円を損金に算入するならば、その分たな卸計上もれを加算すべきことになり、当期の所得金額には変動を生じない。

2  仕入金額否認について

原告は、籏野が第一の土地を耕作していたのは、右土地につき農地法所定の転用許可手続が行われていなかったからであると主張するが、籏野との売買契約が転用許可のあることを条件としたものであったとしても、原告が籏野に対して契約後数年間も代金の支払いを全然していないばかりでなく、転用許可の申請手続すら講ぜずに放置してきたことに照らせば、右売買契約は既に解除されていたものと認めるべきものである。

二  昭和三八年期

1  仕入金額否認について

原告が藤村外五名の者から簿外で第三の土地を仕入れたこと及び塚本が右売買代金のうち一九九〇万九九五九円につき立替払いをしたことは否認する。原告は、右仕入金額否認一〇四五万六八〇〇円の使途について、昭和三八年期の課税処分の調査の際被告に対し上申書を提出し、うち五八万五一〇〇円については塚本から原告に対して借入金が返済されたように記帳し、うち六八四万六七〇〇円については塚本から原告の第五回増資の払込みがされたものと処理し、残り三〇二万五〇〇〇円は日本住宅の増資払込資金に充てたことを自認し、右五八万五一〇〇円と六八四万六七〇〇円の合計七四三万一八〇〇円については、前記第四の三2(六)(2)のとおり、原告の塚本に対する貸付金として処理されたい旨申し立てたのである。

仮に、原告主張の簿外の土地仕入があったとしても、その仕入は昭和三六年九月一八日又は昭和三七年一月二七日に行われたものであるので、当期の損金にはならないのみならず、前記一1で述べたと同様の理由からも仕入金額否認の点に関する被告の計算は相当というべきである。

2  売上金額計上もれについて

原告は、当期から従前の取扱いを改め、土地の引渡しのあった日に売上金額を計上することにしたものであり、前記売買契約に係る土地の引渡しは、いずれも翌事業年度に行われた旨主張するが、右土地の引渡しが翌事業年度に行われたかは知らない。しかし、仮に引渡しが翌事業年度に行われたとしても、売買契約効力発生の時点と引渡しの時点が異なる場合に、販売収益を計上する時点を引渡しの時点とすることができるのは、すべての販売について一貫して販売を引渡しの時点とする会計処理をしているときに限り認められるものである。販売収益をある物件については売買契約効力発生の時点に計上し、ある物件については引渡しの時点に計上するというような会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準における継続性の原則に反し許されないものであるところ、原告の売上についての会計処理は、その設立以来一貫して売買契約効力発生の日にこれを計上していたものであるから、仮に本件売買契約に係る土地の引渡しが翌事業年度に行われたとしても、当該売上金額については、原告の従来からの会計処理に従い、他の物件と同様に売買契約効力発生の日の売上に計上すべきものである。しかも、原告は、次のとおり、本件売上繰延べ分について、期末近くの売上代金の入金を裏預金に預け入れ、翌事業年度に裏預金を引き出して表帳簿に入金し、その際初めて売買契約が締結されたかのごとく仮装したり、あるいは売買契約が期中にいったん解約され、翌事業年度に再契約されたかのごとく仮装して、右売上を繰り延べたものである。

(売上代金の入金を簿外預金に預け入れ、翌事業年度に簿外預金から引き出して、表帳簿に入金し、その際初めて売買契約が締結されたごとく仮装したもの)

<省略>

(売買契約が期中で解約され、入金済の金額を手形を振り出して決済したごとく記帳し、翌事業年度に簿外預金を引き出して表帳簿に入金し、その際再契約されたごとく仮装したもの)

<省略>

右のように、原告が売買契約締結日を仮装してまで売上を繰り延べたことをもって、爾後の引渡しの時点を売上計上の基準とするための合理的な会計処理の変更に当たるということはできず、当該売上はその売買契約効力発生の日の属する当期に帰属するものというべきである。

3  前払費用計上もれについて

原告は、造成未完成の土地を販売していたから、前払費用を計上した会計処理は誤りであった旨主張する。しかしながら、仮に、原告主張のとおりであるならば、期末たな卸に計上されている土地は、すべて地主より仕入れたまま造成工事に着手していない土地であることになるところ、原告の期末たな卸中には、次表のとおり、造成未着手の土地のみならず、造成工事の完了したもの及び造成工事仕掛中のものも含まれており、また、給排水工事等について造成未着手分を将来工事を実施する分の引当であるとして、期末に造成費(未払金)に計上さえしているのであるから、原告の右主張は失当である。

<省略>

第七証拠

一  原告

1  甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三、第四号証の各一、二、第五、第六号証、第六、第八号証の各一、二、第九号証、第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五ないし第一九号証の各一、二、第二〇号証、第二一ないし第二五号証の各一、二、第二六号証の一ないし六、第二七号証、第二八号証の一、二、第二九、第三〇号証、第三一号証の一ないし三、第三二ないし第三八号証、第三九号証の一、二、第四〇ないし第四五号証、第四六ないし第五五号証の各一、二、第五六号証の一ないし三、第五七、第五八号証の各一、二、第五九ないし第六一号証、第六二号証の一、二、第六三号証の一ないし二二、第六四号証の一ないし四、第六五、第六六号証

2  証人安藤房雄、同伊藤徳治(第一、二回)、同情野新六、同藤田満夫、同中島邦郎、同篠塚芳治、同臼井伝五郎の各証言、原告代表者尋問の結果

3  乙第一号証、第五号証の二、第九号証、第三八、第三九号証の成立は不知。乙第五号証の一のうち、書込部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立(第二一ないし第三五号証、第四二号証については原本の存在と成立)は認める。

二  被告

1  乙第一ないし第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第四四号証

2  証人京屋恵造、同小林伴由の各証言

3  甲第六号証、第七、第八号証の各一、二、第二六号証の一ないし六、第二八号証の一、二、第三一号証の一ないし三、第三二号証、第三四ないし第三七号証、第三九号証の一、二、第四〇ないし第四五号証、第四六ないし第五五号証の各一、二、第五六号証の一ないし三、第五七、第五八号証の各一、二、第五九ないし第六一号証、第六二号証の一、二、第六三号証の一ないし二二、第六四号証の一ないし四、第六五号証の成立(第六五号証については原本の存在と成立)は不知。甲第六六号証のうち、税務官署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第三三号証については原本の存在と成立)は認める。

理由

一  請求原因一の事実は、昭和三六年期の終了日を除き、当事者間に争いがない。

二  昭和三六年期の課税処分について

1  原告の昭和三六年期における法人税の所得金額を算定するについて、被告主張の福島湖に関する仕入金額否認一七万円、山下洋一に関する仕入金額否認一六万円及び役員賞与損金算入否認一八万四〇〇〇円を原告の申告所得金額二一二万三八一六円に加算すべきことについては、当事者間に争いがないので、土方小左衛門に関する仕入金額否認の点について判断する。

2  原告が右土方からの土地仕入代金として昭和三五年一二月二六日及び昭和三六年三月三一日にそれぞれ一万四〇〇〇円を計上したが、そのうち一方の一万四〇〇〇円については同年六月三〇日付で帳簿から取り消す旨の会計処理をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証の二、乙第三七号証、原告代表者尋問の結果により成立を認める甲第六四号証の一ないし四、証人伊藤徳治(第一回)の証言及び原告代表者尋問の結果によれば、塚本は、個人で昭和三四年一〇月一八日土方から南多摩郡多摩村連光寺向が岡の土地一七六坪を六一万六〇〇〇円(坪単価三五〇〇円)で買い受ける旨の契約を結んだところ、昭和三五年一〇月三一日に自らが代表取締役となって原告を設立したことに伴い、同年一一月一八日右契約を原告と土方との契約に切り替えたが、当初の契約の時点から一年余経過していたことを考慮して、右売買代金六一万六〇〇〇円のほかに一万四〇〇〇円の増金を支払うこととなり、原告は、同年一二月二六日土方に対して先に内金として支払済みとなっていた五万円を除くその余の五八万円(右増金一万四〇〇〇円を含む。)を支払ったこと及び原告がその帳簿に右増金一万四〇〇〇円を前記のとおり二重に計上したことが認められる。証人小林伴由の証言によれば、原告は、原処分時の税務調査において右土方との取引に関する契約書、領収書等の証拠書類を呈示しなかったことが認められるが、このことは右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を覆すに十分な証拠はない。

3  そうすると、土方からの土地仕入金額一万四〇〇〇円は、架空のものではなく、真実の仕入というべきであるから、原告の所得金額の計算上、損金に含まれるべきものである。もっとも、原告は、前記のとおり、右一万四〇〇〇円を重複して計上していたが、その一方につき昭和三六年六月三〇日付で帳簿上取り消しており、前掲甲第四号証の二、成立に争いのない甲第一号証の一によれば、原告は、右重複計上したうちの一方を昭和三六年六月三〇日付で取り消したうえで、昭和三六年期における総仕入金額を一億七三四〇万七八〇〇円と算出し(甲第四号証の二)、この金額を損益計算の基礎にして所得金額を算定し(甲第一号証の一の損益計算書参照)、本件法人税の確定申告を行ったことが認められる。してみると、昭和三六年期の終了日が昭和三六年六月二〇日であるか同月三〇日であるかはともかく、原告のした確定申告においては、その所得金額を算定するうえで、前記土方からの土地仕入代金一万四〇〇〇円を二重に損金に加えているわけではないから、土方からの土地仕入金額一万四〇〇〇円を否認すべきであるとの被告の主張は、採用することができない。

4  右の次第で、原告の昭和三六年期における所得金額は、原告の申告額二一二万三八一六円に前配当事者間に争いのない福島湖に関する仕入金額否認一七万円、山下洋一に関する仕入金額否認一六万円及び役員賞与損金算入否認一八万四〇〇〇円を加算した二六三万七八一六円となるから、昭和三六年期の課税処分は、所得金額を二六三万七八一六円として算出される額を超える限度において一部過大であったものというべく、その部分は違法として取消しを免れない。

三  昭和三七年期の課税処分について

1  造成費否認について

(一)  原告が横手義雄に対する昭和三六年一一月二四日分の土地造成費として五〇〇万円を計上したが、これが右横手に支払われたものでないことについては、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、藤村幸次郎外五名から第三の土地を四二〇二万八七五九円で買い受けたところ、売主らの要望により契約書上の代金は二二一一万八八〇〇円と表示し、会計帳簿にもその旨記載したが、差額一九九〇万九九五九円は塚本において立替払いしていたため、そのうち一五四五万六八〇〇円を原告が同人に返済したもので、同返済金のうち五〇〇万円については、前記横手義雄に対する土地造成費として、その余の一〇四五万六八〇〇円については、昭和三八年期において被告が否認する籏野正一外四名からの仕入金額として会計処理をした旨主張する。

(三)  よって、検討するに、成立に争いのない甲第五号証、原告代表者尋問の結果により成立を認める甲第六号証、第七、第八号証の各一、二、第二八号証の一、同尋問結果により原本の存在と成立を認める甲第六五号証、証人伊藤徳治(第二回)の証言により成立を認める甲第三二号証、証人情野新六(一部)、同伊藤徳治(第二回)の各証言及び原告代表者尋問の結果(一部)を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和三六年九月一八日藤村幸次郎外五名から第三の土地を代金三六六九万七一〇〇円、右同日から代金支払済みまでの利息日歩三銭五厘、代金支払期限及び所有権移転登記日昭和三七年三月三一日の約で買い受ける旨の契約を締結し、内金五〇〇万円を支払って契約書(甲第六五号証)を取り交したが、右藤村(他の五名の売主の代理人でもあった。)から自己の税金対策上後日真実の売買代金より安い代金額を記載した虚偽の売買契約書を作成して真実の契約書と取り替えてもらいたいとの申し出を受け、これを了承した。その後、原告は、右売買代金及び利息として藤村らに対し同年一月二七日ころに六〇〇万円、同年三月三一日に二一〇二万八七五九円をそれぞれ支払い、更に、同年四月三日ころに右残金と、万一真実の売買代金が税務当局に発覚し虚偽の売買代金を超える部分についても藤村らに対する所得税課税の対象とされた場合にはその分を原告において負担するという趣旨の一種の保証金三〇〇万円との合計一〇〇〇万円を松沢信用金庫に藤村幸次郎名義の定期預金として積み立てた。そして、原告と藤村とは、同日右の約束に基づき第三の土地の売買に関しその売買代金を二二一一万八八〇〇円とする虚偽の昭和三七年一月二七日付売買契約書(甲第五号証)を作成し、原告は、その会計帳簿に右売買代金を二二一一万八八〇〇円と記載した。

証人京屋恵造の証言によれば、藤村幸次郎は税務当局の調査に対し右のような裏契約の存在を否定したことが認められるが、同人の立場からして右否定の事実は右認定を覆すに足るものとはいえず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

しかしながら、右簿外仕入代金一九九〇万九九五九円を塚本において立替払いし、同立替金返済のため原告が横手義雄に対する土地造成費や籏野正一外四名からの仕入金額を計上したとの点については、原告代表者及び証人情野新六の供述があるものの、いずれも曖味で客観的裏付けを欠いている。かえって、成立に争いのない乙第六号証の一、二、第四三、第四四号証によると、塚本が経営する原告関連会社の日本住宅は昭和三六年一一月二四日に五〇〇万円、昭和三八年五月一〇日に五五〇万円の増資を行っているところ、原告は本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した上申書において、架空の造成費を計上して右昭和三六年一一月二四日の増資資金に充てたこと、前記籏野正一外四名からの仕入金額も架空のもので右昭和三八年五月一〇日の増資資金と原告自身の増資資金等に充てたと述べていることが認められ、この事実に、横手義雄に対する昭和三六年一一月二四日分の土地造成費が架空のものであることは原告の自認するところであり、また、原告の会計担当の取締役である伊藤徳治も、第二回証人尋問で、原告の主張するものとは別口の架空経費を計上して藤村幸次郎に対する簿外仕入代金の支払に充てた旨証言していることを併せ考えると、右横手義雄に対する架空土地造成費及び籏野正一外四名からの架空仕入金額は、日本住宅及び原告の増資資金等に充てるためのものであって、藤村幸次郎らに対する簿外仕入代金とは関連のないものと認めるのが相当である。

(四)  したがって、原告の主張は認められず、横手義雄に対する架空土地造成費五〇〇万円は、原告の所得金額に加算すべきである。

2  仕入金額否認について

(一)  原告が昭和三七年五月二六日籏野福寿から第一の土地を代金七二一万六〇〇〇円で買い受ける旨の契約を結び、右七二一万六〇〇〇円を買掛金勘定に計上したことについては、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第九号証、前掲乙第四四号証、証人京屋恵造の証言により成立を認める乙第一号証、同証言、原告代表者尋問の結果(一部)によれば、第一の土地は農地であるところ、同土地についての原告と右籏野との売買契約においては、原告がその所有地を他に一八二万円で売却して同金額を第一の土地の売買代金の内金として支払い、残金については、第一の土地につき農地法に定める転用許可を得てから昭和三七年一一月三〇日に所有権移転登記と引換えに支払う旨の約定が結ばれていたにもかかわらず、昭和三九年四月現在に至るも、代金の支払いは全くなく、また、右転用許可の申請手続すらなされず、右土地は売主である籏野が農地として現に耕作しており、その所有名義も同人名義のままとなっていることが認められ、内金は支払済みであるとの原告代表者の供述部分は、前掲乙第四四号証に照らして措信することができない。

右のように農地について売買契約が締結されたのみで、農地法所定の許可がなく、代金の支払いも目的物の引渡しも行われていない段階においては、いまだ右売買代金債務が確定したものとは認めがたいので、その代金相当額を当期の損金に計上することはできないものというべきである。

したがって、原告が買掛金として計上した七二一万六〇〇〇円については、前記売買契約が解除されたか否かの点にふれるまでもなく、これを原告の所得金額に加算すべきである。

3  認定利息について

(一)  原告の塚本に対する貸付金九〇〇万円があったことは、当事者間に争いがない。そうすると、右九〇〇万円の貸付けにより原告が取得し得べき利息相当額の利益は、純資産の増加として、原告の所得金額の計算上、益金に算入すべきものである。

(二)  そこで、右益金に算入すべき利息相当額を算定するに当たり基礎となる利率について検討するに、成立に争いのない乙第二ないし第四号証及び証人京屋恵造の証言によれば、原告の取引金融機関である松沢信用金庫本店からの借入金の利率は、日歩三銭三厘(年利一二・〇四五パーセント)ないし三銭五厘(一二・七七五パーセント)であったことが認められる。原告の通常の取引における利率は右のとおりであるから、塚本に対する貸付金についても、特段の事情のない限り、年一割を下らない利息を取得することができたものと認めるのが相当である。

原告は、塚本からたびたび無利息で貸付けを受けているから、原告の塚本に対する貸付金についても無利息又は年六分の利息を認めるにとどめるべきである旨主張するけれども、原告が塚本から無利息で貸付けを受けたことがあったとしても、そのことから当然に原告の塚本に対する貸付けまでも無利息ないし低利となるはずであったとか、そのようにすべきであるということはできないのであり、原告は、本来ならば、年一割の割合を下らない利息を取得し得べきものであるから、原告の右主張は採用することができない。

(三)  前掲乙第三七号証、乙第四四号証、成立に争いのない乙第四一号証及び証人京屋恵造の証言によれば、塚本は、原告から借り受けた右九〇〇万円を昭和三七年六月二五日に原告の増資払込金に充てたことが認められるので、原告が同人に対して九〇〇万円の貸付けを行ったのは、遅くとも昭和三七年六月二五日であるということができる。そして、弁論の全趣旨によれば、同人は、昭和三七年期中には原告に対して右九〇〇万円を返済しなかったものと認められるから、益金に算入すべき利息相当額を被告主張の算式により計算すると、一万四七九四円となる。

4  右の次第で、前記1の造成費否認五〇〇万円、2の仕入金額否認七二一万六〇〇〇円及び3の認定利息一万四七九四円は、原告の自認する昭和三七年期の所得金額一九五三万三二六七円に加算すべきこととなる。そして、前記二で認定したとおり、昭和三六年期の更正処分は一部過大であったから、損金として右所得金額から減ずべき昭和三七年期の事業税は、本訴において被告が主張する六万三三六〇円より少なくなるので、結局、原告の所得金額は、被告主張の三一七〇万〇六七四円を下ることはない。よって、この範囲内で行われていることが明らかな昭和三七年期の再更正処分に原告主張の違法はない。

また、被告は、その主張の造成費否認五〇〇万円及び仕入金額否認七二一万六〇〇〇円の合計一二二一万六〇〇〇円が重加算税の対象となる旨主張するところ、前記1認定の事実によれば、原告は、右の造成費否認五〇〇万円については課税標準又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装し、その隠ぺい仮装したところに基づいて納税申告書を提出したものというべきであるが、仕入金額否認七二一万六〇〇〇円については、前記2認定の事実に照らし、原告が買掛金を計上したことをもって直ちに課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装したとみることは相当でない。したがって、重加算税対象所得金額は五〇〇万円となるから、昭和三七年期の重加算税賦課決定は、重加算税対象所得金額を五〇〇万円として算出される額を超える限度で一部過大であったものというべく、その部分は違法として取消しを免れない。

四  昭和三八年期の課税処分について

1  原告の昭和三八年期における法人税の所得金額を算定するについて、被告主張の役員賞与損金算入否認二三万五〇〇〇円を原告の申告所得金額一一八五万六二七四円に加算し、また、被告主張の前期たな卸もれ三六五万七二〇七円、前期たな卸造成費もれ三八二万三一七六円、未払税金認定損一四三万二九七〇円、未払修繕費認定損四七万〇七九七円及び売上金額控除額四六九万〇四八二円を右申告所得金額から減算すべきことについては、当事者間に争いがないので、その余の点について判断する。

2  仕入金額否認について

(一)  原告が被告主張のとおり籏野正一外四名からの仕入金額として合計一〇四五万六八〇〇円を計上したが、これが右籏野らに支払われたものでないことについては、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、藤村幸次郎外五名から買い受けた第三の土地の簿外仕入代金を塚本が立替払いしていたところ、右一〇四五万六八〇〇円は右立替金の返済に充てたものである旨主張するけれども、前記三1で認定したとおり、右架空の仕入金額は日本住宅及び原告の増資資金等に充てるためのものであって、藤村幸次郎らに対する簿外仕入代金とは関連のないものと認められるのである。

(三)  したがって、原告の主張は認められず、籏野正一外四名からの架空仕入金額一〇四五万六八〇〇円は原告の所得金額に加算すべきである。

3  たな卸計上もれについて

(一)  原告が第二の土地に係る期末たな卸高を八一九坪、三四九万六三四〇円として申告したことは当事者間に争いがない。

(二)  証人小林伴由の証言により成立を認める乙第五号証の二、第三九号証、書込部分の成立については同証言により成立を認め、その余の部分の成立については争いのない乙第五号証の一、証人伊藤徳治の証言(第一回)により第二の土地の周辺を撮影した写真と認める甲第二六号証の一ないし六、前掲乙第四四号証、証人小林伴由、同伊藤徳治(第一回)の各証言及び原告代表者尋問の結果(一部)によれば、次の事実が認められる。

原告は、傾斜地であった第二の土地を宅地として分譲するため造成工事を開始し、販売することができる状態になった部分を図面に記入し、爾後、右宅地造成工事の進行に合わせ二〇回ぐらいにわたり右図面を書き替えていった。そして、右宅地造成工事の最終段階において原告が作成した図面が平山高級住宅地分譲図と題する乙第五号証の一の図面であり、宅地造成工事がほぼ終り同図面に販売予定地として記載された土地のうち、昭和三八年期末現在処分されずに残っていたもの(同図面の赤線で表示した部分)は二三八六・八坪あり、また、第二の土地に係る期首たな卸高と期中仕入金額(架空計上分を除く。)との合計金額をこれに対応する坪数で除した金額は三二九二円であった。原告が期末の未処分地を八一九坪と申告したのは、実際の面積によったものではなく、専ら帳簿上の仕入坪数から販売済みの坪数を差し引いて計算したものである。

原告代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

原告は、第二の土地の隣接地所有者である京王電鉄との間で境界争いがあり、裁判所から右境界付近への立入禁止の仮処分決定を受けており、また、第二の土地の周囲には造成工事によって一部山はだの露出した部分があり、その付近の土地は擁壁を構築しなければ宅地として販売できない状態にあったところ、右分譲図記載の土地のうち未処分となっていたものの大部分は、右のような境界争いや擁壁工事未着手によって販売不能のもので、いまだ期末たな卸に計上しうる状態にはなかった旨主張し、証人安藤房雄、同伊藤徳治(第一回)及び原告代表者はこれに添う供述をする。確かに、成立に争いのない甲第二七号証によれば、原告は昭和三七年六月一五日第二の土地の隣接地への立入禁止の仮処分決定を受けたことが認められるが、証人伊藤徳治の証言(第一回)によれば、右仮処分までに原告が造成工事を行って右分譲図に販売予定地として記載されている二三八六・八坪については昭和四九年当時においても京王電鉄から何ら返還要求を受けておらず、また、証人小林伴由の証言、前掲乙第三九、第四四号証によれば、原告は、右仮処分決定後の本件の税務調査において、第二の土地の昭和三八年期末の残地を自ら計算し、その合計を前記坪数と大差のない二三一四・七三坪と算定してその旨記載した平山地区残地明細表と題する書面(乙第三九号証)を被告に提出し、更に本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した昭和三九年五月一八日付上申書(乙第四四号証)において平山地区の土地に係るたな卸計上もれ四三六万〇二一五円(二三八六・八坪に前記三二九二円を乗じ原告申告の三四九万六三四〇円を減じた額とほぼ同額)があったことを自認していたことが認められ、これらのことを考えるならば、正確な境界の確定はともかく、右販売予定地二三八六・八坪を原告の所有に属するものとして取り扱うことについては客観的に格別の支障があったものとは認めがたい。また、擁壁構築の件についても、証人伊藤徳治の証言(第一回)及び前掲乙第五号証の一によれば、原告は、造成地の買主から要求された場合には必要に応じいずれ擁壁工事をしなければならないと考えてはいたものの、当初から擁壁構築をしたうえで右二三八六・八坪の土地を販売することを予定していたわけではないと認められるのであって、擁壁の構築がなければ販売できない土地とはいえず、仕入金額を基礎に算出した前記三二九二円をもって一坪当たりの単価と評価してさしつかえないものと認められ、このことは原告が前記のとおり東京国税局に提出した上申書の中で右評価を自認していたことからも肯認し得るものというべきである。

(三)  そうすると、前記認定の第二の土地に係る残地二三八六・八坪に坪当たりの仕入単価三二九二円を乗じた七八五万七三四五円は期末たな卸に計上すべきものであるから、原告の申告額三四九万六三四〇との差額四三六万一〇〇五円は、たな卸計上もれとして昭和三八年期の所得金額に加算すべきこととなる。

4  造成費等否認について

(一)  原告が被告主張のとおり造成費及び人夫賃として合計二五八七万九三〇〇円を計上したこと並びに右のうち李憲道又は崔奉性に対する造成費七八〇万円及び昭和三七年一〇月一五日の人夫賃三一万五九〇〇円が右李憲道らに対して支払われたものでないことについては、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、昭和三七年一〇月一五日の李憲道に対する造成費一〇〇万円、同日の崔奉性に対する造成費二九〇万円及び同日の人夫賃三一万五九〇〇円の合計四二一万五九〇〇円が、原告において日南から簿外で仕入れた第四の土地代金の代金として日南に対して支払われたものであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第七号証、前掲乙第六号証の一、二、第四四号証及び証人京屋恵造の証言によれば、原告は、右土地を期末たな卸に計上しなかったことが認められる。

原告は、右土地のうち三〇パーセントは昭和三八年期中に売却済みとなっている旨主張し、原告代表者はこれに添う供述をするけれども、客観的裏付を欠くうえ、原告が本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した昭和三八年一一月二〇日付上申書二通(乙第六号証の一、二、第七号証)及び昭和三九年五月一八日付上申書(乙第四四号証)における原告自身の主張とも異なるものであるから、措信することはできない。

そうすると、前記四二一万五九〇〇円は、たな卸計上もれとして昭和三八年期の所得金額に算入すべきである。

(三)  次に、李憲道又は崔奉性に対する造成費七八〇万円のうち、右(二)で述べた昭和三七年一〇月一五日分(三九〇万円)以外の三九〇万円について、原告は、坪本から同人が造成した二本松の土地を買い受けた際に同人に対して右の造成費相当分として支払ったものである旨主張し、原告代表者はこれに添う供述をするけれども、右供述も、客観的裏付を欠くうえ、原告が本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した昭和三八年一一月二〇日付上申書(乙第六号証の一、二)及び昭和三九年五月一八日付上申書(乙第四四号証)における原告自身の主張とも異なるものであるから、にわかに措信することができない。かえって、後記7のとおり、右三九〇万円のうち昭和三七年一二月四日分の一五〇万円は、原告が日本住宅に対して貸付金として支出したものと認められる。

そうすると、原告の主張は是認できず、右三九〇万円は架空経費であると認めるべきである。

(四)  原告は、清水組(中島邦郎)に対する造成費六九二万九四〇〇円及び篠塚芳治に対する造成費一四七万二九七〇円はいずれもこれらの者に対して実際に支払われている旨主張し、その証拠として清水組(中島邦郎)名義の請求書である甲第四六ないし第五五号証の各二(乙第二三、第二九、第二八、第三一、第三〇、第三四、第三三、第三二、第二四、第二五号証はその写)及び清水組名義の領収書である甲第四六ないし第五五号証の各一並びに篠塚建材(篠塚芳治)名義の請求書である甲第五六号証の二、三、第五八号証の各二(乙第二一、第二二、第二六、第二七号証はその写)、第六二号証の二及び篠塚建材名義の領収書である甲第五六ないし第五八号証の各一、第六二号証の一を提出しているが、証人中島邦郎及び同篠塚芳治は両名互いに一面識もない旨証言しているにもかかわらず、右請求書はすべて同一の市販用紙によるものであり、領収書についても甲第四九号証の一(記載されている金額は原告の主張額と一致せず、これに対応する請求書の甲第四九号証の二は、後日、領収書に合わせて金額が書き直されたものと認められる。)を除きすべて同一の市販用紙が使用されているうえ、これは、原告が架空名義を用いたことを自認している李憲道に対する造成費に係る領収書として提出された甲第四四号証と同一の用紙である。また、右請求書のうち一通だけ遅れて提出された甲第六二号証の二には、他にはすべて押印されている請求人の記名印が押印されていない。更に、これらの請求書は、その作成名義人に関係なく、同一人物によって書かれたものと推測される二通りの筆跡に分かれている(一つは、清水組名義の甲第四六、第五四、第五五号証の各二と篠塚建材名義の甲第五六号証の二、三、他は、清水組名義の甲第四七ないし第五三号証の各二と篠塚建材名義の甲第五七、第五八、第六二号証の各二)ばかりでなく、証人中島邦郎及び同篠塚芳治の証言によるも、右請求書及び領収書の作成経過が明らかではない。また、証人中島邦郎、同篠塚芳治、同藤田満夫及び原告代表者は、原告の前記主張に添う供述をするが、右請求書及び領収書以外には客観的裏付がなく、相互に矛盾があるうえ極めて曖味である。これらのことに、原告が本件各課税処分に先立って東京国税局に提出した昭和三八年一一月二〇日付上申書(乙第六号証の一、二)及び昭和三九年五月一八日付上申書(乙第四四号証)において、右清水組及び篠塚芳治に対する造成費は架空のものであり、土地購入のための諸経費、日本住宅への貸付金等として支出したものであると述べていたこと並びに原告は、本訴において、当初は、清水組に対する造成費のうち昭和三七年一二月四日分、同月二九日分三二万五四〇〇円、昭和三八年二月二八日分二七万五六〇〇円、同年五月二七日分一〇一万七三〇〇円だけが清水組に対して支払われたものでありその余の清水組及び篠塚芳治に対する造成費は訴外羽田ヒユーム管株式会社等にヒユーム管の仕入代金として支払われたものと主張していた(昭和五〇年八月四日付準備書面)が、中島邦郎、篠塚芳治及び藤田満夫の証人尋問が行われた後の昭和五二年五月一一日付準備書面において、これを前記のとおりに訂正していること(記録上明らかである。)を併せ考えるならば、清水組に対する造成費六九二万九四〇〇円及び篠塚芳治に対する造成費一四七万二九七〇円は架空経費であると認めるべきである。造成費資料として提出された原告作成に係る甲第六三号証の一ないし二二は、原告主張の清水組又は篠塚芳治に対する造成費との関連性が明らかでないので、右認定を動かし得るものではない。

(五)  更に、原告は、人夫賃のうち昭和三七年一〇月一五日分の三一万五九〇〇円を除く九三六万一〇三〇円は賃金として人夫に実際に支払われたものである旨主張し、昭和三八年一月分の領収書綴として甲第五九、第六〇号証を提出する。しかし、証人藤田満夫及び原告代表者の供述するところによれば、右領収書は、各造成現場で毎日の作業終了後、人夫に対して当日分の賃金を支払う際にその都度人夫自ら又は原告の事務員が代わって人夫持参の印鑑をその受領印欄に押印し、印鑑を持参してこないときは本人の署名を徴したものであるというのであるが、かかる状況下で作成されたにしては右甲号証の受領印欄の押印はあまりに整然としており、後日一括して作成されたことを疑わしめるものであり、また、右以外の人夫賃に関する原告の書類にはその備考欄に当日分の天候や人夫の遅刻、早退の状況が記載されている(証人京屋恵造の証言により認められる。)のに、前記甲第五九、第六〇号証にはかかる記載がほとんどない。更に、証人藤田満夫及び原告代表者は、原告の前記主張に添う供述をするが、右甲号証以外には客観的裏付がないうえ、人夫賃に充てる資金の準備状況等について供述にくいちがいがみられる。これらのことに加え、成立に争いのない乙第一一、第一二号証、第三六号証によると、本件人夫賃の一部は、前記(二)で述べた昭和三七年一〇月一五日分の架空の人夫賃及び(三)で述べた架空の造成費と一括して昭和三八年期の末日である昭和三八年六月三〇日に振替えもれとして帳簿に計上されていることを併せ考えると、前記の人夫賃九三六万一〇三〇円は架空経費であると認めるべきである。

(六)  右の次第で、原告が造成費及び人夫賃として損金経理をした合計二五八七万九三〇〇円は、すべて損金とは認められないから、所得金額に加算すべきものである。

5  売上金額計上もれについて

(一)  原告が被告主張のとおり岡田秀一外一五名と昭和三八年期中に締結した土地の売買契約に係る売上金額二六四八万二七〇一円を翌事業年度に繰り延べて処理したことについては、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない乙第一七ないし第一九号証、前掲乙第四四号証、証人京屋恵造、同伊藤徳治(第一回)の各証言及び原告代表者尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和三五年一〇月三一日に設立以来たな卸資産である造成地の販売に係る収益の計上時期につきすべて売買契約成立時を基準として経理してきたが、昭和三八年期の期末近く(同年五月二五日ないし六月二九日)に売買契約が成立した前記岡田秀一外一五名に対する売上二六四八万二七〇一円については、これを昭和三八年期の収益から除外するため、被告主張のとおり、期中に収受した内入代金等を原告の仮名預金に預け入れ翌事業年度にこれを引き出して表帳簿に受け入れ、その時に初めて売買契約が締結されたように仮装し、あるいは、売買契約が期中にいったん解約され、翌事業年度に再契約されたような経理処理をし、このように売買契約そのものが翌事業年度に成立したかのごとく作為することにより右売上二六四八万二七〇一円を昭和三八年期の収益に計上せず翌事業年度の収益としたものであることが認められる。したがって、真実の売買契約成立時期を基準とするときは、右売上はすべて昭和三八年期の収益とすべきものである。

(三)  ところで、原告は、造成地の売買においては契約が成立しても引渡しまでの間に買主から解約されることが多かったので、昭和三八年期からは売買契約成立日を基準として売上を計上する従前の取扱いを改めて、土地引渡しのあった日を基準として売上を計上することとしたものであると主張し、証人伊藤徳治(第一回)及び原告代表者はこれに添う供述をする。一般に、法人税課税におけるたな卸資産の販売収益の計上時期については、売買契約成立時か目的物引渡時かのいずれかによることが合理的と考えられており、また、その一方から他方に変更することも、それが企業会計における継続性の原則に反せず合理的理由に基づくものである限り、許されるところである。しかしながら、本件の前記認定事実によると、原告は、昭和三八年期中に成立した売買契約につき、それがあたかも翌事業年度に成立したものであるかのように仮装し、その仮装したところに基づいて翌事業年度に当該売上を計上しているのであるから、右の処理自体、まさに従前どおり売買契約成立日を基準とする取扱いを前提としたものにほかならない(もし売買契約成立日を基準としないのであれば、売買契約成立日を仮装する必要はなく、受領した内入代金等は前受金勘定に計上すれば足りたはずである。)。のみならず、成立に争いのない甲第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五ないし第一九号証の各一、二、第二〇号証、第二一号証ないし第二四号証の各一、二、第二九、第三〇号証によれば、係争売上に係る土地の所有権移転登記(したがってその引渡し)はいずれも翌事業年度に行われているが、右登記の日と原告が前記のような経理操作によって売上を表帳簿に受け入れた日とを対照してみると、登記の日より前に売上を計上しているものもみられるのであって、必ずしも原告の主張するように登記(引渡し)の日が収益計上の基準とはなっていないことが認められる。これらの点を考えると、少なくとも昭和三八年期に関しては、原告が収益計上時期を売買契約成立日から引渡日に改めた結果として前記のような収益の計上繰延べが行われたものとは認めがたく、右取扱いを変更した旨の原告の主張は、係争売上の帰属年度をいつわるための操作が発覚したため事後的にこれを登記ないし引渡日によって説明しようとするものにすぎないとみるべきである。したがって、昭和三八年期において収益計上時期に関する取扱いが変更されたとの原告の主張は採用することができず、係争売上金額二六四八万二七〇一円は、その売買契約成立日の属する昭和三八年期の収益に計上すべきである。

6  前払費用計上もれについて

(一)  原告が被告主張のとおり土地造成費に計上した金額のうち九二九万九八七五円(打越二六七万五六二六円、桜ケ丘三二七万九三二八円、向田三〇五万一七八四円、二本松二九万三一三七円)を期末に前払費用に振り替えたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  原告が支出した土地の造成に要した費用のうち昭和三八年期中に処分しなかった土地に係る支出額は、前払費用として経理すべきものであるところ、原告は昭和三八年期当時、造成未了地を販売していたほどであって、土地造成費についてはもちろん、一般管理についてもそもそも前払費用の生ずる余地はなかった旨主張し、原告代表者はこれに添う供述をする。しかし、右供述は、不必要なはずの前払費用をあえて計上したうえで本件の確定申告をした理由につき曖味かつ不自然であるうえ、原告が本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した昭和三九年五月一八日付上申書(乙第四四号証)における主張とも相反するものであるので、到底措信することはできない。他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

(三)  そこで、まず、原告が土地造成費として計上していたもののうち昭和三八年期の前払費用となるべき金額について検討する。

成立に争いのない甲第三号証の一、乙第一一号証、前掲乙第四四号証、証人小林伴由の証言によれば、原告は、昭和三八年期中に各造成現場別に次表土地造成費欄記載のとおり土地造成費を支出したとし、そのうち期末未処分地に係る造成費として前記(一)記載の額を前払費用に計上していたが、右前払費用額は、同表造成割合欄記載のとおり右各現場別に昭和三八年期中に造成した総造成面積(造成中の部分については、当該面積に完成割合を乗じて得た面積とした。)に占める期末未処分地の面積の割合を求め、これを右土地造成費に乗じたものであることが認められる。

しかし、前掲乙第六号証の二によれば、原告が桜ケ丘の土地造成費として計上した八一〇万四三〇七円のなかには前記4で述べた架空の清水組に対する造成費六九二万九四〇〇円が含まれており、また、二本松の土地造成費として計上した七八〇万円はすべて同じく架空の李憲道又は崔奉性に対する造成費に当たるものであり、更にその他の現場の土地造成費二一四万九二七五円のうちの一四七万二九七〇円は同じく架空の篠塚芳治に対する造成費であると認められるから、前払費用を算定するについては、右架空計上分を控除した同表支払総額欄記載の金額を基礎とすべきである。そこで、右支払総額に原告自ら算出した前記造成割合を乗ずると、原告計上の土地造成費中の前払費用とすべき金額は、同表前払費用欄記載のとおり、合計六二〇万二八二四円となる。

<省略>

(四)  次に、被告主張の一般管理費中の前払費用となるべきものについて検討する。

前掲甲第三号証の一、証人小林伴由の証言によれば、原告は、被告主張のとおり、昭和三八年期中の一般管理費として賃金二五一三万八三四四円、消耗品費一七四万八〇〇九円、油脂消耗品一一八〇万八七八七円、修繕費一〇二五万五二八七円及び車両減価償却費二七五三万九二七二円を計上していたが、このうち期末未処分地の造成に要した額についてはこれを前払費用として計上すべきであるのに、その計上をしていなかったことが認められる。

ところで、前掲乙第四四号証及び証人小林伴由の証言によれば、本件各課税処分前に被告が右一般管理費中の消耗品費、油脂消耗品費、修繕費及び車両減価償却費について調査したところ、それらのうちで期中の造成に要した額は合計四三七七万四〇八〇円となり、この額については、原告も、本件各課税処分を受けるに先立って東京国税局に提出した昭和三八年五月一八日付上申書(乙第四四号証)においてこれを認めていたことが明らかである。また、一般管理費中の賃金については、原告の計上した二五一三万八三四四円には前記4で述べた架空の人夫賃九六七万六九三〇円が含まれているから、これを控除した一五四六万一四一四円が造成に要したものとみるべきである。

そこで、右造成に要した一般管理費の合計五九二三万五四九四円を基礎として期末未処分地に係る分を前払費用として算定すべきことになるが、一般管理費については造成現場別に区分して造成に要した額を確定することが性質上できないので、全現場を一括して(三)で述べた造成費についての前払割合により期末未処分地に係る分を求めるほかはない。したがって、(三)に掲げた表の前払費用額合計六二〇万二八二四円の支払総額合計一八六八万四五〇二円に対する割合〇・三三一に右五九二三万五四九四円を乗ずると、一般管理費中の前払費用とすべき金額は一九六〇万六九四八円となる。

(五)  右の次第で、昭和三八年期の前払費用は、(三)と(四)とを合計した二五八〇万九七七二円となるところ、申告前払費用は九二九万九八七五円であるから、その差額一六五〇万九八九七円を所得金額に加算すべきである。

7  認定利息について

(一)  梅洞寺関係

原告の塚本に対する貸付金九〇〇万円があったことは当事者間に争いがなく、前記三3のとおり、これは昭和三七年期中に貸し付けたものである。そして、弁論の全趣旨によれば、塚本は、昭和三八年期中には原告に対して右九〇〇万円を返済しなかったものと認められるから、前記三3で述べたとおり、年一割の利率により算定した利息相当額は、昭和三八年期の益金に算入すべきものであり、その額は、被告主張の算式により計算した九〇万円となる。

(二)  籏野正一関係

前記2で述べたとおり、籏野正一外四名からの仕入金額一〇四五万六八〇〇円は、すべて架空のものであるところ、前掲乙第六号証の一、二、第三七号証、第四四号証、証人京屋恵造の証言によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告は、右架空の仕入金額一〇四五万六八〇〇円について次表のとおりの経理をしていたが、このうち、手付金として経理した五八万五一〇〇円は塚本に貸し付けたものであり(その貸付日は根津留次郎関係の三万円が昭和三八年六月二五日、その余が同月一八日以前)、残金支払として経理した九八七万一七〇〇円中根津留次郎関係の六二万円及び井上辰五郎関係の一部二四〇万五〇〇〇円を除く六八四万六七〇〇円については原告の第六回増資払込金に充てるため昭和三八年六月一八日に支出されたものである。

<省略>

右事実によれば、原告の増資払込金に充てた六八四万六七〇〇円も塚本に対する貸付金であると認めるべきであるから、原告が架空の仕入金額として経理した一〇四五万六八〇〇円のうち七四三万一八〇〇円(六八四万六七〇〇円と右五八万五一〇〇円の合計額)は、塚本に対する貸付金として支出されたものということができる。そして、弁論の全趣旨によれば、塚本は、昭和三八年期中には右七四三万一八〇〇円を返済しなかったものと認められるから、前記三3で述べたとおり、これに対する年一割の利率により算定した利息相当額は、昭和三八年期の益金に算入すべきものであり、その額を被告主張の算式(ただし、右貸付金中根津留次郎関係の三万円については貸付日を同年六月二五日と修正する。)により計算すると、二万六四一一円となる。

(三)  日本住宅関係

前記4で述べたとおり、原告が造成費等として経理した二五八七万九三〇〇円はすべて架空のものであるところ、成立に争いのない乙第一三号証の一、第一四ないし第一六号証、原本の存在と成立に争いのない乙第三五号証、前掲乙第一七号証、第四四号証、証人京屋恵造の証言に弁論の全趣旨を合わせると、原告は、右架空の造成費等二五八七万九三〇〇円のうち、李憲道及び崔奉性に対する昭和三七年一二月四日分造成費として経理した一五〇万円並びに清水組に対する同日分造成費として経理した一三一万五〇〇〇円、同じく同月五日分の五八万五〇〇〇円のうち一八万五〇〇〇円の合計三〇〇万円については昭和三七年一二月四日に、清水組に対する昭和三八年二月二八日分造成費として経理した一三六万七六〇〇円のうち一三〇万円については昭和三七年一二月五日に清水組に対する昭和三八年五月二七日分造成費として経理した二五二万二四〇〇円及び篠塚芳治に対する同月三一日分造成費として経理した三〇万一四四〇円のうち二七万七六〇〇円の合計二八〇万円については昭和三八年五月二七日に、それぞれ日本住宅に貸し付け、右金員合計七一〇万円は日本住宅の土地仕入代金に充てられたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、弁論の全趣旨によれば、日本住宅は、昭和三八年期中に原告に対して右七一〇万円を返済しなかったものと認められるから、前記三3で述べたとおり、これに対する年一割の利率により算定した利息相当額は昭和三八年期の益金に算入すべきものであるところ、被告は右利率を一割より低い日歩二銭三厘としているので、これに従い被告主張の算式により計算すると、右利息相当額は二二万八九四二円となる。

(四)  右の次第で、昭和三八年期の益金に算入すべき利息相当額は、(一)ないし(三)の合計額一一五万五三五三円となる。

8  借入金否認について

(一)  原告が被告主張のとおり阿部増雄外五名の者からの昭和三七年一一月三〇日の借入金として合計四六〇万円を計上したが、これがいずれもその名義人からの借入れでないことについては、当事者間に争いがない。

(二)  原本の存在と成立に争いのない甲第三三号証、証人伊藤徳治(第二回)の証言により成立を認める甲第四〇ないし第四二号証、証人伊藤徳治(第二回)の証言及び原告代表者尋問の結果によれば、原告は、前記阿部増雄外五名の者からの借入金合計四六〇万円のほかに、同じく昭和三七年一一月三〇日の借入金として、海老沢健蔵からの一〇〇万円、宮崎卯三郎からの一五〇万円、鈴木力雄からの一〇〇万円、広井昭雄からの五〇万円、川田茂広からの一〇〇万円及び吉原昭からの四〇万円、合計五四〇万円を計上しているが、この五四〇万円もその名義人からの借入金ではないものの、右四六〇万円と合わせた一〇〇〇万円は、塚本から原告が借り入れたものであり、原告は、この塚本からの借入金一〇〇〇万円を右のとおり阿部増雄外一一名からの借入金として計上し、昭和三七年一一月三〇日松沢信用金庫に対する借入金債務の弁済に充てたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そうすると、被告の否認する借入金四六〇万円は、被告主張のように簿外の売上収益を借入金に仮装したものではなく、原告が塚本から借り入れた真実の借入金の一部であるといえるから、これを否認すべきであるとの被告の主張は採用することができない。

9  たな卸過大計上について

前記5で認定したとおり、岡田秀一外一五名に対する売上金額二六四八万二七〇一円は、昭和三八年期の収益として計上すべきものであるから、被告の主張するのと同様の計算方法(ただし、その(B)表の基礎となる前払費用の数値は前記6で認定したところによる。)によって算出されたその売上原価相当額一三八八万七八四一円をたな卸過大計上として控除する。

10  事業税認定損について

前記三で述べたとおり、昭和三七年期の課税処分における所得の認定に誤りはないから、被告の自認する昭和三八年期の未納事業税二三一万七八〇〇円を損金に算入する。

11  右の次第で、原告の昭和三八年期における所得金額は、原告の申告額一一八五万六二七四円に、当事者間に争いのない役員賞与否認二三万五〇〇〇円、前記2の仕入金額否認一〇四五万六八〇〇円、同3のたな卸計上もれ四三六万一〇〇五円、同4の造成費等否認二五八七万九三〇〇円、同5の売上金額計上もれ二六四八万二七〇一円、同6の前払費用計上もれ一六五〇万九八九七円及び同7の認定利息一一五万五三五三円を加算し、当事者間に争いのない前期たな卸もれ二六五万七二〇七円、前期たな卸造成費もれ三八二万三一七六円、未払税金認定損一四三万二九七〇円、未払修繕費認定損四七万〇七九七円、売上金額控除額四六九万〇四八二円、前記9のたな卸過大計上一三八八万六八四一円及び同10の事業税認定損二三一万七八〇〇円を減算した六七六五万七〇五七円となるから、昭和三八年期の更正処分及び過少申告加算税賦課決定は、所得金額六七六五万七〇五七円を基礎として算出される額を超える限度において一部過大であったものというべく、その部分は違法として取消しを免れない。

また、被告は、その主張の仕入金額否認一〇四五万六八〇〇円、造成費等否認のうち一一三一万五九〇〇円、売上金額計上もれ二六四八万二七〇一円及び借入金否認四六〇万円からたな卸過大計上一二四三万一九九四円を減算した四〇四二万三四〇七円が重加算税の対象となる旨主張するところ、前記2、4及び5認定の事実によれば、原告は、右の仕入金額否認、造成費等否認及び売上計上もれの合計四八二五万五四〇一円については課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい仮装し、その隠ぺい仮装したところに基づいて納税申告を提出したものというべきであるが、前記8のとおり借入金否認は採用することができず、また、前記9のとおりたな卸過大計上は一三八八万六八四一円であるから、これを右四八二五万五四〇一円から減算した三四三六万八五六〇円が重加算税対象所得金額となる。そうすると、昭和三八年期の重加算税賦課決定は、重加算税対象所得金額を三四三六万八五六〇円として算出される額を超える限度において一部過大であったものというべく、その部分は違法として取消しを免れない。

五  よって、原告の本訴請求は、以上に説示した限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 泉徳治 裁判官菊池洋一は外国出張中につき署名捺印をすることができない。裁判長裁判官 佐藤繁)

別表一

昭和三六年期

<省略>

別表二

昭和三七年期

<省略>

別表三

昭和三八年期

<省略>

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